第74回 名古屋大学防災アカデミー 2011年11月9日(水) 於:環境総合館レクチャーホール

 

揺れと津波に耐える建物を目指して

-東日本大震災の建物被害状況から見えてきた課題-

勅 使 川 原  正 臣

名古屋大学大学院環境学研究科教授
 

講師紹介

11月9日の防災アカデミーは、勅使川原正臣先生(名古屋大学大学院環境学研究科・減災連携研究センター教授)にご講演いただきます。

勅使川原先生は建築構造学、特に鉄筋コンクリート構造や耐震工学がご専門で、建築学会をはじめとする学協会で委員等を務められ、この分野をリードされています。名古屋大学においては大規模な構造実験システムを導入し、多くの研究成果を挙げられています。

東日本大震災における鉄筋コンクリート集合住宅等の被災調査、3月15日の静岡県東部地震(誘発地震、富士宮市で震度6強を観測)の初動調査、さらに建築学会の報告書作成WGなどで活躍されています。今回のアカデミーでは、主に鉄筋コンクリート造建物について、揺れと津波による被害状況とその原因、対策などについて、調査結果に基づいて詳しくお話いただけるものと思います。

講演のようす

会場の様子 講演される勅使川原先生
参加者は80名でした。 講演後には活発な議論が交わされました。

参加者の感想

私は今年の3 月に起きた東日本大震災による一連の被害をテレビで目の当たりにして, ある一つのことに関して想いを巡らすことがある. それは, “日本はどのように自然災害とつきあえばよいのか”ということである. 自然災害を地震・津波に限ってみると, 自然災害の付き合い方としては, 地震予知のような自然災害自体を予測する能力を向上することによって被害を最小限に抑える方法と, 建築物の耐震補強のような自然災害に我々の社会生活が対応できるような都市環境をつくる方法が考えられる. 今回の授業では後者の建築物に関する話題であったが, 地震・津波に対応できる強い建物について考えさせられた.

私は災害に強い建物と言えば, 地震の揺れに耐えることのできる建物であると思っていた. ところが, 3 月11 日の東北地方太平洋沖地震に伴う津波によって, 多くの建物が無残にも流される映像をテレビで観て, 「地震だけでなく津波にも対応できる建物を目指さなければ, 周りが海に囲まれ, しかも地震大国である日本では安心して住むことができない」と考えるようになった. 勿論, 莫大なエネルギーをもつ津波に対応する建造物を造ることは非常に難しいことではあるが, これとは別に, 「建造物における地震対策と津波対策は相反する」ということを, 今回の授業で講演者の方は述べられた. 地震対策においては, 建造物より固いもので補強すれば, 強い揺れに耐えることができる.

しかし, その後津波が発生し, 室内に水が入ってきた場合, 垂壁と天井の間に空気溜まりができ, その体積に相当する水の質量が浮力として建造物の自重と反対方向(つまり鉛直上向き方向)にはたらいてしまう. よって, 固い建物の場合, この空気溜まりの体積が小さくならないので, 津波による浮力の影響を受け易いのである. だが, 建物を頑丈にしなければ, 水平方向にかかる波力の影響をより大きく受けてしまう. 津波に強い建物を造るには, まだ多くの課題があるのだと感じた.

建築物への影響を考える上で, 建築物の強度だけではなく立地条件も重要である. 例えば地盤である. 地盤が緩いと, 建造物の揺れもより大きなものになるし, 地域によっては液状化による被害もでてしまう恐れもある. また,今回の授業で述べられた通り, 建造物をいくら補強しても下の地盤をそのままにしておくと, バランスが悪くなり, 建物が傾斜してしまう危険性もある. よって, 地盤の強度の対策については, 関係行政だけでなく我々地域住民ももっと関心をもつべきことであると思われる.

立地条件と言われもう一つ思い浮かぶことがある. それは, 東日本大震災が起こった後に, 当時の管直人首相が,被災地再生の街づくりに関して, 「山を削って高台に住むところを置き、海岸沿いの水産業(会社)、漁港まで通勤する」のような構想を打ち出したことである(2011 年4 月2 日朝日新聞). 高台に移転すれば, 確かに津波による被害は少なくなるかもしれない. しかし, 高台に移転しても盛土の被害もあるし, なんといっても沿岸部に昔から住んでいる住民の愛着もあるであろう.

今回の講義は地球環境科学専攻の私からすると非常に難しい内容であったが, 日ごろ考えていた“災害に強い建物とは何か”について少しだけ答えに近づいたと思う.

名古屋大学大学院環境学研究科 地球環境科学専攻

 大気水圏科学系 気候科学講座 M1 川田大樹