名古屋大学防災アカデミー

第23回 「耐震補強のこれから」

講師: 岡田 恒男(東京大学名誉教授)
場所: 環境総合館1階 レクチャーホール
日時: 2006年10月16日(月)17:30-19:00



岡田恒男先生。

今回の出席者は97名でした。会場一杯の参加ありがとうございます。

建物の地震被害、耐震基準の歴史的変遷、耐震化の現状、耐震工法の実際と幅広い内容の講演がなされました。

セミナーに参加しての感想

 日本における建物の耐震設計基準は、建物が地震被害に遭うごとに見直しが図られ、その性能は新しい 建物ほど向上していること。1995年兵庫県南部地震の被害調査の結果、1981年以降に建設された建物の被 害が非常に少なかったことから、耐震設計は一定の水準に達していること。今後は、地震被害軽減のため、 既存建物の耐震化対策が早急に必要であるが、住宅、公共施設ともなかなか進んでいないこと。…今回の 講演では、これらについて知ることができ、また、耐震化対策に関する国の最新の動きについての説明も あり、有意義な内容であった。
 講演の最後には、建物の耐震性のレベルついての話があり、最近の建物は「基準をぎりぎり満足する」 建物ばかりが増えているとのことであった。我々の実務でも経済設計やコスト管理が厳しく求められて いるのでよくわかる気がした。「これからの建物の耐震性にはゆとりを持たせるべき」との岡田先生の 提言の実現には多くの時間がかかるだろうが、より安心できる建物が少しでも増えることと、ゆとりを 受け入れられる社会になることを期待したい。
和地 勉(名古屋大学施設管理部施設管理課)

 講演ではまず、日本列島の地震環境、耐震化の歴史、耐震基準の変遷、耐震建築の物理について解説 があった。その後、1995年兵庫県南部地震の際、新耐震基準(震度6での人命確保を目標とする) に適合する建築物の被害が、旧基準のみをみたす建築物と比べて圧倒的に小さかった事実が示された。 建築物倒壊による圧死が死因の大半を占めることも指摘され、旧基準に従った建築物を対象とする耐震 診断・補強の重要性が強調された。さらに、この地震以降、
1.耐震診断・補強の啓発や技術者養成が強化されてきた、
2.新法制定により、学校、病院等、公共性の高い特定建築物の耐震診断・補強がおしすすめられてきた、
など、国家指針の解説がなされたほか、耐震診断判定値の信頼性が高いこと、また国立西洋博物館の免 震補強に例証されるように、今日の耐震補強技術が高い水準にあることも紹介された。最後は耐震診断・ 補強の具体例などをまとめた10分間ビデオであった。
 今回の講演をふまえ、私なりに旧耐震基準に従った木造2階建家屋の耐震診断・補強を考えてみたい。 講演内容から推して、いま大地震が発生した場合に最も危険な目に遭うのはこうした家の住人である。 公共性の高い特定建築物とならび、最優先課題といっていいだろう。どのような条件が整えば、その住 人は耐震診断・補強を本気で検討する、またはできるだろうか。
 以下、ふたつの側面から考える。ひとつは、大被害への想像力、もうひとつは予算面である。
 いつかは起こる大地震。だが、自分の家がつぶれるかどうかを見定めるには、われわれはあまりに日 常に馴れすぎている。つい先のばしにしてしまう。最悪の場合を含め、大地震発生時の大被害をリアル に想像することは心情的にも容易ではない。「こんなことになるなんて」。大地震直後の社会面にこん な記事が載らなくなればと思う。ただ、ここ名古屋に関しては、近い将来の大地震・大被害発生はわり と実感をもって理解されているように感じる。
 予算が十分にあり、そのうえで前向きに検討しない住人。知識がない場合を除き、ある意味でリスク を積極的に負っている。その住人の生き方考え方、また残された寿命や家族構成、費用対効果などを考 慮した結果であろう。低頻度大災害に対する考え方は人によって大きく異なる。人生観にかかわる問題 でさえあるかもしれない。
 しかし多くの住人は、予算面の理由により、はじめから検討しない、または検討してもすぐ手を引く。 医療、年金、高齢化などの問題で投資に不安を覚えるケースもあるだろう。公の資金がないとなかなか できない。額が1ケタは違う。
 旧耐震基準の建築物の多くはあと数10年で寿命を終える。この数10年をどう乗り切るか。防災知 識のさらなる普及、そしてお手軽な耐震補強技術の早期実現を切に願う。
杉戸信彦(地震火山・防災研究センター,研究員)

 地震による建物被害が耐震基準の強化をすすめ、これまでに何度も法律が改正されているという耐震 の歴史。どのような理念に基づいて耐震性能評価をしているのか。耐震改修の目的と業界の動きについ て。この講演で話された範囲の話は、私自身が建築学専攻の学生であることもあり、一度は勉強したこ とがあるはずの内容である。しかし、これらの一連のことについてまとめて勉強しなおすにはよい機会 であった。災害対策の啓発はくどいと思えるほど繰り返さなければ効果をあげられないのと同じく、勉 強も何度も繰り返すことで効果をあげることが出来る。そして、その度に観点が変わり考え直すことが ある。
 「これからの建物は、耐震基準のレベルのぎりぎりを狙って設計するのではなく、より高いレベルの 耐震設計をすべきである。」 これが今回の防災アカデミーの岡田先生のまとめである。さて、この点 について考えてみる。建物の構造設計は昔から多くの場合において、コストを優先して基準のぎりぎり の強さで設計してきた。基準の改正前にぎりぎりの強さで設計したものは、基準が改正されるとそれを 満たせなくなるだろう。ここで言う、基準とは何か。建物が地震時に壊れない最低限の強さという答え はあるかもしれない。しかし、自然現象である地震の強さを完全に予測することは出来ないとなれば、 地震時に絶対に壊れない設計が出来るとは言い切れない。基準はあくまでひとつのラインでしかない。 講義で述べられたとおり、度々基準を満たす建物が地震被害を受け、その後に基準が引き上げられてき た。そして、その基準は今後さらに上のレベルに引き上げられることがないとは言えないだろう。この ことを考えると、基準を満たす建物が地震で壊れないかどうかといったような話はそもそもおかしいの だということに気付く。やはり岡田先生の言うとおり、建物の設計は基準を目標にするよりも、出来る 範囲で高いレベルを目指すことが理想なのである。
 今後、建築業界に関わる者として、耐震設計をよりよい方向へ持っていけるよう努力しようと思う。
山本健史(環境学研究科都市環境学専攻建築学コース,M2)

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